2012年1月19日木曜日

Let Me In 『モールス』

movie-5 Let Me In『モールス』





 ファーストシーンがオーウェンの未来図になるとは、、、。絶句!
 スウェーデン版『ぼくのエリ200歳の少女』のハリウッドリメイク版『モールス』。
 今をときめく話題の名子役 クロエ グレース モレッツ。 スウェーデン版は内容がおもしろそうだと思ったのだけれど、主演女優の女の子がどうも野卑で美しくないので観る気になれなかった。ハリウッド版は可愛いクロエちゃん。う~んこれは観たいとミーハーの私の映画の選び方なのだ。







 恐い、汚い、ショッキングなスリラー映画は私の好みではないのだけれど、『ぼくのエリ200歳の少女』のリメイク版というのにえらく惹かれてしまった。いや~あ、怖いけど、おもしろい映画だった。鑑賞後は悲愴感なるものにせまられてしまった。人はここまで愛せるのかと。

 CG効果の使い方もまさに適材適所で効果バツグン!
 クロエ扮するアビーの父親かと思ったら彼氏(リチャード ジェンキンス)。彼氏の悲劇的な恋愛感情。可愛いと思ったら恐ろしく怖いバンパイア。いじめる側のしつこい攻撃欲望。いじめっ子というのも現実のスリラーだわね。
 オーウェンもアビーの魅力の虜となって、彼氏の来た道を行くのだよね!そうやって200年生き延びてきた12歳のアビー。




 年老いた彼氏(リチャード ジェンキンス)のリアルな存在を抜きにして『モールス』の名作化はありえないでしょう。オーウェンがはじまりで、彼氏(リチャード ジェンキンス)が終りなのだ。2人の子役だけでなく、リチャード ジェンキンスはまさに名優ですよ。






 それにしても、この映画のタイトル『モールス』はいただけない。モールス信号は映画の中のモチーフの一部にすぎない。もっといいタイトルつけてよ!原題は『 Let Me In 』。映画のタイトルは観客動員に欠かせないツールよ!







2012年1月2日月曜日

赤ずきん

movie-4『赤ずきん』

ウォルター・クレーン画


正月早々に映画『赤ずきん』を観た。正月の日の丸ならぬ赤ずきん。

世界中で爆発的人気をよんだ、ロバート パティンソン+クリスティン スチュワートのラヴコンビ扮する『トワイライト初恋』のキャサリン バドウイック監督のスリラー作品。このシリーズ三作品観たけれど、1作目の『トワイライト初恋』がダントツおもしろい。

背景になる寒国のカナダらしい場所。カラッと晴れることのない陰鬱な地域。
『赤ずきん』のプロローグの風景描写もそんなところ。ただし時代は中世かそれ以前。川のながれを俯瞰でみせるカメラアイは映画に酔える素晴らしいもの。映画のはじまりはとても重要なのである。

赤ずきんのヴァレリーは可愛いのに残酷を楽しむ子なのである。ふむふむ、、、。登場人物はみなリアリティがなく、美しく、生活臭が無い。

ヴァレリーは人を信じそうで信じない。愛がありそうで愛がない。ソロモン神父は神聖そうでエゴイスト。辻褄のあわないことが多いのだけれど、人狼と人間の恋愛。この理不尽を綺麗な画面とアクションでみせてしまう。スリラーでなくラヴストーリーアクション映画。

この嘘っぽい映画で注文をつけるとしたら、赤ずきんヴァレリーの残酷さを掘り下げて描写して欲しかった。赤ずきんの色にふさわしい残酷さを。


グリム童話の『赤ずきん』も不思議なお話。

グリム童話の『赤ずきん』はこちらから

赤ずきん、おばあさん、狼、この関係も不思議。

童話や民話というのはわけのわからない話が多く、あまり深読みしない方がよいと思う。精神分析学者がメルヘン学者に批判されるのも頷ける。
アリスインワンダーランドは消化不良でおもしろくなかったな。
その点、『赤ずきん』は童話を自分の都合のいいように脚色しているところが成功していると思う。『トワイライト初恋』には負けるけど。






2011年12月20日火曜日

山は気まゝにシャツを着替える

Tracing-Shirt107 by SHIMA kuniichi


https://twitter.com/#!/enjoy_karuizawa

シャツを浅山に立てたメタモルフォゼ
water color on paper 紙に水彩

『Tracing-Shirt』シリズ(Artist:州一)をごとに着替えていたのですが、
期間をアバウトにします。もっと気まゝに、enjoy karuizawaらしく、

山は気まゝにシャツを着替える


 浅間を描いているうちにそれを取り巻く空間の表現に、何もない空に何か形を与えたくなり、その結果、ブルーのシャツのイメージが生まれ、その形が直接浅間山のイメージになった。
 自分がシャツを着ているところを想像すると、シャツが大きなゆったりとしたスロープをもつ浅間山の山肌で、シャツの各部分の形状が沢や谷であったり、林や畑、道路や街といった様々な表情をもっているところがシャツの表面の各部分に相当できると思った。
 火口から上がる煙は生きる自分がシャツを着て活動している形になぞらえることが出来ると思った。
 浅間の斜面をトレースする代わりに自分のシャツを直接トレースすることが始まった。トレースする時、自分の肩や胸が連山の斜面だと思って小人になったつもりでシャツの部分を忠実にトレースして行く。
山の自然は一瞬たりとも同じでないように、毎日描くシャツも変わる。すると、自分が着て見慣れたシャツも「これが自分のあのシャツか!」と驚くほど新鮮な発見があった。
 紙に写しとられたシャツは水性絵具に替わる。シャツという色のついた布地が彩られた紙に替わる。まるで地図を描くような気持ちでシャツという山の端々までくまなくトレースする。
奥行きを削ぎ取られた画面の上をあちこち視線を走らせるしかなく、紙上の旅人となり広がりの中で、トレースで失われた広がりを新たに獲得する。

島州一「山はいつもシャツを着替える」より抜粋





Tracing-Shirtを制作の図

Tracing-Shirtの制作は、先ず原寸大にトレースされたシャツの図を転写し、そこに実際のシャツを見ながら水彩で彩色するというシステムである。

Tracing-Shirtのアルバムは こちらから▼


2011年12月9日金曜日

★移行14 わたしを離さないで

2011年11月7日月曜日
movie-3 『わたしを離さないで』





生命のタブーを真向から取り上げたカズオイシグロの小説『わたしを離さないで』の映画化。生命与奪の映画である。

 女子寄宿舎風の学校(男子生徒もおしなべて女性的なのである)ヘールシャムからのプロローグ。
 臓器提供の目的でつくられたクローン人間を教育する学校ヘールシャム。彼らは、成人になると自分の臓器を提供しなければならない。1回の提供で終了(死)するものもいれば、2回、3回、4回で終了するものもいる。終了するまでの臓器提供が彼らの生きるミッションなのである。
 ヘールシャムの先生は全て女性なのである。女性を中心とした社会構成にして、この厳しい現実を弱めているので受け入れやすい。男が登場すると、厳しい現実が暴力的に感じられ、拒絶反応を起こしかねない。そんなハードな内容なのである。





 しかし、終了するまで臓器を提供しなければならないとは、何回も処刑するようなもので残酷極まりない。
 ルース(キーラナイトリー)の終了の手術で、取り出された臓器が彼女の死と入れ替わるシーンは映画ならではの描写でえらく納得できた。
 お金の為に自分の何かを献体したであろうと思わせるオリジナルが、彼らの親であり、「わたしのオリジナルはゴミための中にあるのよ」とクローン(コピー人間)に云わせるところもスゴイ!
 彼らが人間の尊厳を持って生きることは許されない。コピーのコピーが劣化するように、クローンの繰り返しは劣化するの理論(多分)から、クローンの恋愛、結婚は許可されない。
 『愛の嵐』のシャーロットランプリングが校長役で登場する。最近『彼が2度愛したS』でも、会社オーナー役で、ハッとさせられた。ちょい役でもインパクトのある演技で、さすが、と思わせる。
 キャシー役のケリーマリガンの含蓄のある表情も、大女優の品格が備わって素晴らしい!
 現代的モチーフを小説にするカズオイシグロには脱帽。
 原作を読んでいないけれど、映画でカズオイシグロを楽しませていただきました。







★移行13 試行錯誤の末の梅干し

2011年8月8日月曜日
試行錯誤の末の梅干し




自分で梅干しを漬けはじめて18年になるけど、随分失敗を経験し、やっと自分の梅干し漬けをみつけた。10㎏もの梅を漬ける一番の難点が最初の青梅の塩漬け。

私の梅干しはこの青梅の塩漬けを省略。最初にすこし熟れた青梅を湯通し、天日干しして漬け込む。簡単で大きな龜を必要としない。





大きな鍋にお湯を沸騰させながら、10㎏の青梅を次から次へとうらしていく、これはひと仕事です。スピーディにね!




最初に梅を干しておくと驚くほど簡単に梅干し漬けができるのです。塩分も10%で済むので健康的。





またもや干します。本漬けをした梅を土用干し、これで一年中保存のきく梅干しになっていきます。





土用干しして乾いた梅が日本酒と梅酢をすって程よくふくらむ1ヶ月ぐらいには食べられる。
梅は天日で乾いて縮んだり、梅酢、焼酎、日本酒でふくらんだりを繰り返しおいしい梅干しとなる。