2015年8月27日木曜日

AVATAR アバター



 私は一度観た映画は、二度観ることはないのだけれど、2009年公開の『アバター』を2015年の現在観て、あの時の高ぶりを味わえるのか試してみたくなった。

 構想14年、制作に4年を費やしただけあり、脚本が完璧だと思う。
 22世紀、地球は環境破壊で緑が皆無。地球のエネルギー確保のため衛星パンドラに進出する。確かディズニー映画『ウォーリー』でも人間は地球上の緑を全て無くし、ゴミだらけの地球を捨てて、宇宙の別の星に移り、歩けない腹ぼての人間に成り果てていたっけ。


 パンドラにはナヴィという先住民族が住んでいる。ナヴィは3mの身長、しっぽのある人種で、鉄より軽くて強い炭素繊維の体を有し、尾に生体電流を持つ超人?である。顔つきは猛獣にそっくり! 








 ナヴィの住む村には魂の木があり、その下に希少鉱物アンオブタニウムの莫大な鉱床が眠っている。
 RDA社(資源開発公社)は地球人とナヴィそれぞれのDNAを掛け合わせた人造生命体 AVATARアバターを作り、アンオブタニウムの採掘に乗り出す。

 ナヴィ研究の権威でアバター計画の責任者であるグレイス・オガースティン博士の下で操作員としての任務に就くこととなった傷痍軍人ジェイクを サム・ワーシントン 。ジェイクを愛するナヴィ族長の娘をネイティリ ゾーイ・サルダナ 演ずる。 殺し屋カトレアを演じた『コロンビアーナ』の彼女はネイティリに通じるものがある。









 

 ジェイクがリンクしてアバターに変身する場面はまさに現代である。このリンクするというのがこの映画のミソである。現代人はいつもリンクだらけ。ゲームでリンクすると、別の超人になれることはあなたも知っているでしょ!笑


 3D映像による画面は、今当たり前だけれど、ジェームズ・キャメロンの緻密でリアリティ追求の姿勢は、パンドラの環境、生物、植物に完璧に反映されている。目を見張る緊張感、驚き、納得。翼竜イクランに乗り縦横無尽に飛行する場面は何度見ても手に汗にぎり興奮する。









 言語ナヴィ語に関しても然り。言語学者に依頼した架空言語は、2010年4月にナヴィ語のファンによってwebsite Learn Navi が誕生するまでに成長。

 2006年12月に映画製作を先送りした理由を作品を作り上げるのに必要なテクノロジーが進行するのを待っているためと説明したのは、監督の用意周到さと自信のほどを感ずる。



魂の木の精エイワと交信するジェイク



 最後の場面、ジェイクがリンクから覚め、ネイティリを見て ” I see you." ネイティリがジェイクを抱きかかえて ” I see you." と云うところは私の大好きなところ。

 この映画はSFであり、ファンタジーであり、アクションであり、痛烈な文明批判であり、永遠のラブストーリーである。











全世界歴代映画興行収入、堂々のトップ1 
この記録はおそらく破られることはないと思う。



2015年3月15日日曜日

ピエール・ボナール Pierre Bonnard


Pierre Bonnard
1867-1947


 印象主義の生き残りとか、先の大戦を経てアメリカ抽象表現主義の指標であるとかの難しい美術批評はさて置き、あくまでも個人的な好みとしてボナールを取り上げてみたい。


初期の頃のグラフィックデザインの仕事には、ボナールの晦渋でとらえどころの無い魅力は発揮されていない。



ボナールとマルト


1924年にカンヌ近郊のル・カネの別荘に移ってからが私の好きなボナールである。パリを離れて北仏、南仏を往復の10数年。それ以後のほとばしる才能の開花。
死ぬまで進化する絵を描き続ける作家は多くはない。そんなボナールに最大限の賛辞を送りたい。「あなたは偉大です。」



左にマルト


マルト


けだるいアンニュイで、人を縛りつけない優柔不断の快感と欲望感。ハッキリしない態度は多角的に判断を強いられ、「こうなのかな?」とプッシュしたくなる。

しかし、絵画に対する果敢な挑戦。
テーブルの上の果物やコーヒーポットは背景の壁紙の模様と溶け合い、調和をもって四角いカンヴァスの中でシンクロナイズする。



モンシャティと右端にマルト
 
ボナールは1921年にルネ モンシャティを訪ね、ローマに滞在。 1925年8月にマルトと結婚後、9月にモンシャティは自殺する。





セザンヌがあくまでリンゴにこだわって、丸い赤いリンゴを描いたのとは違う。絵画の遠近法を無視して、前景と背後の混ざり合いで画面を構成するには縛りつけない優柔不断が必要である。その優柔不断な絵をピカソに罵られたのは有名なエピソード。ピカソは曖昧を罪悪と思うから。






ボナールには無理のない自然体の日常がある。モチーフになるものは、テーブルの上の静物、インテリア、部屋の中の日常。しかしアンチミストと呼ぶにはあまりにも複雑すぎる。彼の生来持っていた環境からくる豪奢で優雅な体質も魅力の一つである。だからボナールの絵は熱狂的にアメリカ社会で受け入れられたと思われる。自分のルーツであるヨーロッパへの憧れとして。

 ボナールが26歳の時、マルトと出会う。二人は、それから、32年後に結婚するが、ボナールは、結婚するまで彼女の本名を知らなかったらしい

ボナールは写真で身近かな人を随分撮っている。勿論マルトも。現在でも写真集が出版されているらしい。おそらくカメラが発明された時期と重なり、珍しい写真機をおもしろがって使ったと思われる。多分写真を使って絵を構成したに違いない。
そう考えると、写真を使って絵を描いた最初の一人となるだろう。現代では写真を使うのが当たり前の世の中だけれど。




      


     


ボナールの絵の中に登場するモデルと思われるマルトの写真(ボナール撮影)



ボナールとマルト ル・カネの別荘









そんなマルトの写真からボナールの絵を逆照射するのも楽しいもの。





晩年の自画像



Bonnard


★各絵のキャプションは説明のみ。



2015年3月7日土曜日

Violetta







 「事実は小説より奇なり」とはよく云ったもの。

2011年にカンヌ映画祭で批評家週間50周年記念映画として上映された、フランス映画『My Little Princess』、邦題『ヴィオレッタ』(Violetta)。





 私はイリナ・イオネスコ(Irina Ionesco)という写真家を知らなかった。



イリナ・イオネスコ(イリナ・ヨネスコ、Irina Ionesco、1935~ )

フランスの女流写真家。ルーマニア系フランス人。

1935年9月3日パリにルーマニア移民の家庭に生まれる。幼年期をルーマニア・コンスタンツァで過ごした後、再びフランスに戻る。1965年から写真を撮影し始める。  

1977年、娘であるエヴァ・イオネスコをモデルに写真集「鏡の神殿」(Temple aux miroirs)を発表しセンセーションを呼ぶ。

イオネスコの作風はシュルレアリスムとバロックの混沌と批評され、独特な世界観から賛否評論の評価がある。

2012年11月12日、娘から、子供の頃のヌード写真撮影およびその出版について、20万ユーロの損害賠償と写真返却を求める裁判を起こされた。

写真家の著作権と被写体の肖像権の争いは複雑である。80才(2015年現在)の母親に対するすごい仕打ちだと思うけど真偽のほどは他人には解らない。

 1977年にフランスで発売されのちに日本でも販売された少女ヌード写真集「エヴァ」が出版されたが、その被写体の少女こそがエヴァ・イオネスコ監督自身。





エヴァ・イオネスコ  (Eva Ionesco)  

1965年パリ生まれ。写真家イリナ・イオネスコの娘で、4歳から13歳の間に撮影をした1977年の写真集「鏡の神殿」で世界中に名の知られるロリータ・アイドルとなり、史上最年少の11歳で PLAYBOY の表紙を飾ることになった。その後女優として60本以上の作品に出演し、2011年ついに『My Little Princess』で監督デビュー。



Eva Ionesco


女優としての少女Eva


 実の娘エヴァを4歳から13歳の間に撮影をした写真集「鏡の神殿」(Temple aux Mirios)を1977年に発表し、センセーションを巻き起こしたらしい。なるほど内容からすると、多いに想像できる。 実際写真の一部を観ると、堂々としたモデルに妙に納得してしまう。映画の少女はとても可愛く、妖艶で美しい。実際のエヴァは野卑で品性に欠けるところがあるが、その野卑さが独特のエロチシズムを醸し出している。ポルノかアートかで論争になったらしいが、ポルノでもあり、アートでもある。アートもポルノを包み込んで存在しているのだから。



Evaより



 第64回カンヌ国際映画祭に出品された際には、本作が児童ポルノにあたるかどうかが議論され物議を醸したらしい。確かに「うん、これちょっと」とドキリとする。


Evaより


Evaより


 イリナ・イオネスコは、画家としては成功しなかったが、1964年画家のコルネイユから ニコンF をプレゼントをされたことから写真家としての才能を発揮して行く。



Nikon F


確かに映画の中でNikonとはっきりわかるように描写されていた。

世界のNikonですね。

映画は10才の娘ヴィオレッタを被写体に、退廃的でエロチックな写真を撮るシーンがこれでもかこれでもかと続く。子供のヴィオレッタが撮られる毎に刻々と大人風に変身していく。あくまでも大人風であり、大人ではない。発育不全の胸をもつ子供が妖艶な美少女と変化していく様を本作がデビューとなるアナマリア・ヴァルトロメイが熱演。とにかく実際のエヴァよりずーと美少女。


美しいだけでなく、後半の母親との心理的葛藤の表現もみごとなもの。この映画が見世物的に終わることなく心のひだを描けるのも、いつわりなく母親のトラウマを衝撃的に差し込むから。小説でも、映画でも事実に勝るものはそうあるものではない。



アナマリア ヴァルトロメイ
 
アナマリア・ヴァルトロメイ(新人)
1999年ルーマニア生まれ。フランス国内で行われたオーディションでは何か月も該当者が見つからなかった娘のヴィオレッタ役は、父親の進めでルーマニアから応募した彼女が見事に掴んだ。


写真集『Eva』
 
写真集「エヴァ」
 女流写真家のイリナ・イオネスコは、実の娘エヴァが4歳から13歳の間に撮影をした写真集「鏡の神殿」(Temple aux Mirios)を1977年に発表した。バロック的審美性で貫かれた官能的な写真集は、バロックエロスの寵児としてもてはやされ、高い評価を受けた。しかし、作品が広まっていくにつれて愛娘をロリータ・セックスのアイドルに仕立て撮影を行ったイリナの作品は「洗練された悪趣味」とも評され道徳と倫理をめぐってフランスのみならず、アメリカ、ヨーロパ、日本でも大きな話題となった。しかし、シュルレアリスムとバロックの混沌とした写真は世界中で今なお高い評価を得ている。そんな世界的な評価の高さも手伝い2004年には初めて1冊のモノグラフにまとめあげた写真集『エヴァ』が日米で同時出版されたが、北米市場における流通トラブルにより米国版元が突然事業閉鎖。作品集は世界の市場から消え去り、写真集そしてエヴァのシリーズは再び幻の存在となる。その後はプレミアとなって取引されていた。しかし、その様な背景から増刷を望む多くの日本のファンの為に、2011年には日本語限定復刻版が発売された。    (Art Impressionより)

現在でも希少本として、人気があるらしく古書店などで50万円ぐらいの価格で出版されている。写真集としては破格の値段でしょ。しかしこんな写真家がいたことを何故知らなかったのだろうか?