2016年12月16日金曜日

Tarzan: REBORN

ジョージ・ワシントン・ウィリアムズとターザン

Tarzan: REBORN
 原題 : The Legend of Tarzan

 アメリカの小説家 エドガー ライス バローズの「ターザン」を下敷きに、1885年当時のアフリカ、コンゴ を舞台に繰り広げられるアクションアドベンチャー。

監督は「ハリー・ポッター」シリーズのデビッド・イェーツ(David Yates)

主人公 ターザン/ジョン・クレイトン3世には スウェーデンのイケメン
アレクサンダー・スカルスガルド (Alexander Skarsgård)
妻ジェーン役にマーゴット・ロビー(Margot Robbie)
ジョージ・ワシントン・ウィリアムズにサミュエル・ジャクソン(Samuel Leroy Jackson)
レオン ロムには悪役 authority のクリストフ・ヴァルツ(Christoph Waltz)


 小説によると、ターザンは高度な身体能力を持ち、類人猿の言語、英語、仏語、ドイツ語、ラテン語、アラビア語にスワヒリ語など数カ国語を習得したとなっているスーパー人間である。
 父は英国貴族グレイストーク卿 ジョン クレイトン。妻と共に赴任先の英国領西アフリカに向う途中、船員の反乱からアフリカ西海岸に置き去りにされ、そこでターザンは生れる。両親亡き後、幼児ターザンは類人猿カラに育てられる。成人後グレイストーク卿の息子と判明、その後父の名を受継いだとある。



ターザン/ジョン・クレイトン3世



Tarzan



 1865年のアメリカ南北戦争終結により、奴隷制が廃止されたにも拘らず、ベルギー国王レオポルド2世 は列強に後れをとられじとアナクロニズム的奴隷制をもとに1885年アフリカにコンゴ自由国なるものをつくり、前代未聞の圧政と搾取を強いた。この歴史の一頁にターザンを登場させた映画である。

 映画では、レオポルド2世の側近 レオン ロム がコンゴに派遣され、ダイア採掘を強制するが、ロム率いる公安軍の悪行場面は当時の圧政ぶりが反映されたものである。


 サミュエル・ジャクソン演ずるジョージ・ワシントン・ウィリアムズも実在の人物で、アメリカ特使のウィリアムズは コンゴ自由国の視察に行くことになる。 1890年、コンゴから帰還したウィリアムズは帳簿を元にレオポルド2世のコンゴ経営を弾劾する。





 撮影はイングランド東部ハートフォードシャー (Hertfordshire)で開始され、アフリカの映像はガボン共和国の映像を合成したらしい。私はすっかり騙され、アフリカを堪能してしまった!

 私が期待したターザンと動物の特殊撮影3DCGは大満足だった。いったいどのようにしてターザンがライオンとハグできるのだろうか? ジャングルを綱渡りする場面が私のお気に入りです。 アレクサンダー・スカルスガルド はしゃべらないターザンで、この映画を貴族化していて素晴らしかった。



ジャングルに戻ったターザンが幼なじみのライオンとハグ


アレクサンダー・スカルスガルド (Alexander Skarsgård)



 架空のキャラクター tarzan を想像期待していた私は紆余曲折して、米国南北戦争やコンゴ自由国なる歴史を学び、植民地政策と戦争、人間の善悪をえらく考えてしまった。






新たに生まれ変わる reborn は、私の解釈では、架空のキャラクター tarzan に史実に基づいた歴史を組み込み実在的ターザンをつくりあげた、という意味かな。




2016年11月21日月曜日

ブルックリン Brooklyn

エイリシュとトニー


ブルックリン』(Brooklyn)2015年制作のドラマ映画。

2009年にアイルランド人小説家のコルム・トビーンが刊行した小説『ブルックリン』が原作。

監督 ジョン・クローリー(John Crowley)
脚本 ニック・ホーンビィ(Nick Hornby)
エイリシュ・レイシー役 : シアーシャ・ローナン
トニー・フィオレロ役 : エモリー・コーエン
ジム・ファレル役 : ドーナル・グリーソン
ローズ・レイシー役 : フィオナ・グラスコット

時代は1951年と1952年、アメリカ合衆国のニューヨーク・ブルックリン区に移民したアイルランド人の若い女性の物語。アイルランドと米国の間で揺れ動く様を当時の時代背景とともに描いている秀作。

第二次大戦後、敗戦国の日本と違い、経済的にも上り坂の米国をみると負けたのもよく理解できる。そんなアメリカ社会だ。
ファッション、特に水着なんかも時代を感じて面白い、CGだけが映画じゃないよね。








ブルックリン、入植当初はオランダ人、1950年代(映画によると)はアイルランドの移民が多かったらしいけど、聞くところによると、1980年当初は黒人が多かったみたい。住む人種も時代とともに変わっていくのね。

トニーがエイリシュに将来を語るのは、ロングアイランド、その当時はただの草原、ここに家を5軒建てて、3軒売って、後は君と住みたいと、そのうち人が集まってくるよと、確かに現在は高級住宅街、富裕層エリア。



ロングアイランドにて



高級デパートに勤めるエイリシュ
まるでマネの絵画



映画は上質な人間の喜び、苦悩が素直にえがかれていて、
人間っていいじゃない、と思える。

監督もアイルランド人、主演はニューヨーク生まれながらアイルランドで育ったシアーシャ・ローナンであり、ローナンの両親はアイルランド人である。

イタリヤ系移民のトニー役 : エモリー・コーエン意外はアイルランド人、イングランド系がほとんど。だから説得力あるわね。


ジム、エイリシュの母、エイリシュ



脚本をつとめたニックホーンビィはキャリー・マリガン(Carey Mulligan)主演の『17歳の肖像』も手掛けた。私、この映画も好き! 脚本がとにかくいい!上質な会話も何度涙したことか。私ってセンチメントなんだよね、笑。


エイリシュの姉のローズが突如なくなってしまうのだけれど、大変なゴルフ好き
で、彼女亡き後、ゴルフ仲間がクラブトーナメントにローズ杯をもうけるなんてのも、私好みなのよね。


映画、主演のシアーシャ・ローナンはアカデミー賞ほか多くの映画賞にノミネート
された。







2016年9月20日火曜日

あの日のように抱きしめて

あの日のように抱きしめて
原題「Phoenix」




2014年ドイツ映画 2015年日本公開

監督 クリスティアン・ペッツォルト
ネリー ニーナ・ホス
ジョニー ロナルト・ツェアフェルト


1945年のベルリンといえば、ナチが崩壊し、ドイツの主権をどの国が掌握するかの大混乱期。ナチスの強制収容所で顔に大怪我を負った妻(ネリー)と変貌した妻に気づかない夫(ジョニー)の愛の不協和音をシビアにサスペンス風に描いた恋愛ドラマ。
 戦争がもたらした悲劇を、複雑な歴史を抱えるドイツの監督がサスペンス風につくりあげている。現代になってやっと戦火の事後結果を知ることができる、傷口を真摯に丁寧に、しかも映画として面白く仕上げている。



ネリーが強制収容所から奇跡的に生き残ったものの顔に大きな傷を負い、再生手術を受けるプロローグはドキドキハラハラ。ある意味のホラー映画ともいえる。




再会したもののジョニーは妻が収容所で死んだと思い込んで、顔の変わった彼女が自分の妻であることに気づかないばかりか、収容所で亡くなった妻になりすまして遺産をせしめようと彼女に持ちかける。二人のちぐはぐな心の葛藤をサスペンスドラマにしている。






自分を裏切った夫を許すのか? 自らを崩壊させるのか? 結果は観客にゆだねている。 
我々はドイツの戦後処理の精神的判断を強いられる。
私はこんな残酷な結果を処理できず考え込んでしまった。
タイトルの「あの日のように抱きしめて」は甘すぎる、原題は「Phoenix」。

前作に「東ベルリンから来た女」があるが、やはり観てみようと思う。

戦争なんていいことひとつもないじゃないの!


2016年7月6日水曜日

完全なるチェックメイト Pawn Sacrifice

『完全なるチェックメイト』原題は Pawn Sacrifice  

 (pawnとはチェスの一番価値の低い駒のこと)  2015年日本公開





冷戦下の1972年にチェス世界王者決定戦がアイスランドレイキャヴィックで行われた。アメリカ人の挑戦者、ボビー・フィッシャーがソ連の世界チャンピオン、ボリス・スパスキーに挑むという構図であった。そのため、この試合は東西冷戦における代理戦争とみなされた。


原題『 Pawn Sacrifice』には、ソ連と米国にとってチェスプレイヤーは相手にとられてもいいpawnのような存在でしかなかった、という意味がこめられているらしい。 
それにしては映画はさながら盤上の戦争であった。   私が観たところでは、フィシャーとスパスキーのチェスを通した頭脳戦としか思えなかった。


残された写真から想像すると、フィシャーはエキセントリックな勝負師で、スパスキーは世慣れた冷静な紳士という感じ。(絵画でいえば、フィシャーがゴッホで、スパスキーがゴーギャンか?)



フィッシャー



スパスキー



ところが、チェスに関しては、常人の常識を超えた世界に二人が難なく入り込み、お互いが武器のかわりに駒を駆使して戦っている。 こんなにもチェスは戦いなんですか?
この二人の盤上の戦いに映画の全てが凝縮されている、と思った。



フィシャー役のトビー・マグワイア



スパスキー 役のリーヴ・シュレイバー



かすかな音を気にして、フィシャーが静かな卓球室を会場にしろとか、カメラは見えないところに一台だけだとか、スパスキーが自分の座る椅子に音が気になると入念にひっくり返す始末。似た者同士ですよ、この二人。



対局一局目、スパスキーに完敗するフィシャー


フィシャー役のトビー・マグワイアはかなりの熱の入れようで製作にも関わっている。天才的独断と偏見のかたまりをこれでもかこれでもかと演じられる演技力に脱帽!

スパスキー 役のリーヴ・シュレイバーも大人の王者の貫禄で素晴らしかった。私には分からないロシア語もリアリティがあった。笑


Bobby Fischer/ボビー・フィッシャー
( 1943年3月9日-2008年1月17日 )
アメリカ、シカゴ生まれ。チェスの世界チャンピオンになるも、あえてタイトルを放棄したり、事実上の国家反逆罪で国を追われ、長年にわたり世界を放浪するなど、その謎めいた行動をとり、数奇な人生を送った人物としても有名。2000年代初頭には日本の蒲田でも生活していた。晩年はスパスキーとの世界戦をおこなったレイキャビクで余生を送る。2008年、奇しくもチェス盤の目の数と同じ64歳で死去。      『完全なるチェックメイト』official siteより引用



雑談、フィシャーはネクタイに関して奇妙な趣味の持ち主だったらしく、ケバケバしいネクタイをしているけど、これって日本人によくある趣味だよね。笑






とにかくこんな破天荒で、わがままで、完璧主義を通す天才がいたなんて、ブラボー!



2016年3月30日水曜日

ニコール キッドマン はどこに?



映画のポスターを見て、ニコールキッドマンは誰を演じてるのかどうしてもわからず、それを確認するために観た映画

『めぐりあう時間たち』(原題 The Hours)。 
2003年日本公開。

監督スティーブン ダルドリー Stephen David Daldry 主演のヴァージニア・ウルフ Virginia Woolf にニコール・キッドマン Nicole Mary Kidman、小説『ダロウェイ夫人』を愛読する主婦ローラ・ブラウンにジュリアン・ムーア Julianne Moore、編集者のクラリッサ・ヴォーンにメリル・ストリープ Meryl Streep。

各々1923年の英国リッチモンド、1951年のロサンゼルス、2001年のNYが舞台。3人の登場人物はウルフの小説『ダロウェイ夫人』を軸に深い関係で結ばれている。終盤にその関係が明かされる。これはヴァージニア・ウルフ(1882年 - 1941年)という複雑な芸術家のこころの闇に引き込まれる映画である。

右 ウルフ


ニコール演ずるウルフ
確かに似ている


ウルフの父、レズリー・スティーヴン(1832年 - 1904年)は歴史家、伝記作家、批評家、編集者、そして登山家であり『英国人名辞典』Dictionary of National Biography の編纂者として知られる。

母親のジュリア (1846年 - 1895年) は美人の誉れ高く、ラファエル前派のモデルもつとめた。文学に造詣が深く、豊かな人脈を知己に持つ両親のもとでウルフは育った。


母ジュリア


とてもエキサイトなのが、両親亡き後、姉のヴァネッサとブルームズベリー地区にブルームズベリーグループをつくり、当時としてはかなり進歩的な思想によるサロンを非公式に持っていたこと。そこで夫となるレナード・ウルフとも知り合う、と同時にグループに属する女性とも関係をもつ。つまりバイセクシャルである。この組織では同性愛は公認されていた。第二次世界大戦当時も英国では同性愛は罰せられていたことを考えると如何に進歩的かがわかる。

とにかく調べれば調べる程複雑な人物で、始末に負えない。そんなニヒリスティック(nihilistic)で複雑なヴァージニア・ウルフのこころの呪縛にかかってしまう、暗い映画なのだ。だって登場人物がだれも笑わないんだもの。

ローラが夫の誕生祝いにつくるケーキがターコイズブルーのクリームに紺色のフリル、黄色いバラ、このケーキがこの映画のすべてを象徴している。ケーキは白い生クリームに赤い苺が幸せの象徴じゃない?


ターコイズブルーのケーキ


監督はウルフの気質をよく理解して丁寧に彼女をトレースしていく。三つの年代をうまくまとめ上げる手腕は大したもの。この映画に関係している、監督もバイセクシャル、原作のマイケル・カニンガム(Michael Cunningham)もゲイ。映画でも不協和音に同性愛が使われている。


ウルフとヴァネッサ


ローラとキティ


クラリッサとサリー


クラリッサの元恋人に エド ハリス Ed Harris がエイズに冒された詩人小説家を演じている。私は2000年の『スターリングラード』のドイツのスナイパー、ケーニッヒ少佐の演技が忘れられない、彼はしゃべれない方がいい演技ができると思うけど。

それにしても、私は最後までウルフがニコール・キッドマンと思えなかった。彼女は特殊メイクの鼻をつけて最後までヴァージニア・ウルフを演じ私を騙し通した。

この演技で2002年アカデミー主演女優賞を受賞。またベルリン国際映画祭ではジュリアン・ムーア、メリル・ストリープを含む3人が銀熊賞を共同受賞した。
『めぐりあう時間たち』はゴールデングローブ賞 作品賞を受賞。





監督とニコール


美しいニコール





ウルフさん!私はあなたが軽蔑するであろうヒューマニズムをこよなく愛する者です

   

2016年2月15日月曜日

複雑に存在する Gender Identity




男が女を愛し、女が男を愛する。一般的な事実は全ての真実ではない。昨今、有名人はたまた一般人も堂々とカミングアウトして、自らの gender identity を公表することが多くなった。男が男を愛したり、女が女を愛する。男の躯を認められない男、女の躯を拒否する女。種々雑多な gender identity が存在する現代、複雑な社会構造を認めざるを得ない現代社会。

最近観た映画は複雑に存在する gender identity がモチーフになっていた。


2006年日本公開のコメディ映画『キンキーブーツ Kinky Boots』
伝統ある紳士靴メーカー プライス社 の跡取りチャーリーと、ドラァグ・クイーン(drag queen、drugと間違えないで)のローラが共に経営を立て直そうとする物語。




 ローラには、2014年アカデミー賞作品賞、脚本賞を受賞した『それでも夜は明ける』に主演した 
キウェテル・イジョフォー Chiwetel Ejiofor 

Chiwetel Ejiofor

 同じ人物とは思えないないほどどちらも見事に演じきっている。私的には、ドラァグクイーンのローラが好き!笑 このマッチョな風貌で異性装のローラ、演技力以外のなにものでもないでしょ。
 真っ赤な厚ぼったい唇でセクシャルに唄い、立てそうにもない恐ろしく尖った真っ赤なハイヒールで舞台を縦横無尽にダンスするローラ。物語の展開は単純でヒューマニズムに満ちたもの、何よりイジョフォー扮するローラの魅力的なドラァグクイーンの存在がこの映画の魅力の全てと云っても過言でない。特に舞台上のローラが。私は『ロッキーホラーショー』より『キンキーブーツ』の方が好き。



 2013年にはこの映画のミュージカル化作品である「キンキーブーツ」がブロードウェイでも上演されたらしい。

ブロードウェイミュージカルから


ポスターにもあるようにこの映画の主役は赤いハイヒールブーツ!



『わたしはロランス』
『Laurence Anyways(原題)』
カナダの新鋭グザヴィエ・ドラン監督による2013年日本公開のラブストリー



ロランス役を フランスの俳優メルヴィル・プポーが演ずる。坊主頭で赤いルージュにイヤリング、ハイヒールのインパクトはドキドキ、ハラハラ。いや~映画って面白いですね!笑

ロランスのカミングアウト
彼の革命
   


ロランスはトランスジェンダーなんだけど、恋人は女性なのよね。
ロランスの恋人フレッドを、ドラン監督の処女作『マイ・マザー/青春の傷口』にも出演したスザンヌ・クレマンが演じ、2012年カンヌ国際映画祭ある視点部門で最優秀女優賞を受賞した。
ドラン監督の選ぶ女性は、女性的魅力に欠けるのよね、どっちかと云うと母親的女性。彼の映画を観ると母親的女性しか感じない。それもそうでしょうゲイをカミングアウトしているから女性に対して異性感情を持ち得ない。彼の映画の面白さもそんな資質によると思う。以下の監督のコメントにも現れている。
「どうやら僕は自作の中で、自分の気持ちを明かさずにはいられない性質なんだ。それに、100%虚構だなんていう映画が実際に存在するとは思えないね。」



また彼のビジュアルセンスはハイグレード。どの映画でも色彩、空間処理、人物の仕草一つ一つにカメラアイのセンスの良さを感じる。質の高い絵画を観ているような。
かっこいいよね。

美しいドラン監督


『私が、生きる肌』『The Skin I Live in (原題)』
スペインの奇才、ペドロ・アルモドバル監督が、ティエリ・ジョンケの小説「蜘蛛の微笑」を原作に放つサスペンス。2012年日本公開 各国の映画祭で映画賞を受賞している。



世界的な形成外科医ロベル・レガルアントニオ・バンデラス Antonio Banderasは、交通事故で全身火傷を負い、非業の死を遂げた妻ガルを救えたかもしれない「完璧な肌」を作り出すことに執念を燃やし、軟禁されているベラエレナ・アナヤ Elena Anayaを実験台にして自らの開発した人工皮膚を使って彼女を亡き妻の姿に作り変えていく。











これはゴヤの裸のマハだな

何とも奇抜でショッキングなストーリーで映画を観た夜はよく眠れなかった。

人を殺さないで殺すとは、こんなことか? とにかく悲劇のベラ(地元の仕立て屋の息子ビセンテ)はどう生きるの? ビセンテ演じるヤン・コルネット(Jan Cornet)は、第26回ゴヤ賞(スペイン・アカデミー賞)で新人男優賞を受賞。

しかし、この映画のキーポイントはサスペンス復讐劇でなく、男と女の精神的肉体的genderにある。男を女に変える異常な欲望にあると思う。
この映画の奇抜さ異常さは、ピカソ、ダリ、アギーレを生んだスペインにある。

映画はスリリングで複雑怪奇ヒューマニズムで美しく醜く、私の映画狂は終わらない。