2011年12月20日火曜日

山は気まゝにシャツを着替える

Tracing-Shirt107 by SHIMA kuniichi


https://twitter.com/#!/enjoy_karuizawa

シャツを浅間山に見立てたメタモルフォゼ絵画
water color on paper 紙に水彩

『Tracing-Shirt』シリーズ(Artist:島州一)を週ごとに着替えていたのですが、
期間をアバウトにします。もっと気まゝに、enjoy karuizawaらしく、

山は気まゝにシャツを着替える


 浅間を描いているうちにそれを取り巻く空間の表現に、何もない空に何か形を与えたくなり、その結果、ブルーのシャツのイメージが生まれ、その形が直接浅間山のイメージになった。
 自分がシャツを着ているところを想像すると、シャツが大きなゆったりとしたスロープをもつ浅間山の山肌で、シャツの各部分の形状が沢や谷であったり、林や畑、道路や街といった様々な表情をもっているところがシャツの表面の各部分に相当できると思った。
 火口から上がる煙は生きる自分がシャツを着て活動している形になぞらえることが出来ると思った。
 浅間の斜面をトレースする代わりに自分のシャツを直接トレースすることが始まった。トレースする時、自分の肩や胸が連山の斜面だと思って小人になったつもりでシャツの部分を忠実にトレースして行く。
山の自然は一瞬たりとも同じでないように、毎日描くシャツも変わる。すると、自分が着て見慣れたシャツも「これが自分のあのシャツか!」と驚くほど新鮮な発見があった。
 紙に写しとられたシャツは水性絵具に替わる。シャツという色のついた布地が彩られた紙に替わる。まるで地図を描くような気持ちでシャツという山の端々までくまなくトレースする。
奥行きを削ぎ取られた画面の上をあちこち視線を走らせるしかなく、紙上の旅人となり広がりの中で、トレースで失われた広がりを新たに獲得する。

島州一「山はいつもシャツを着替える」より抜粋





Tracing-Shirtを制作の図

Tracing-Shirtの制作は、先ず原寸大にトレースされたシャツの図を転写し、そこに実際のシャツを見ながら水彩で彩色するというシステムである。

Tracing-Shirtのアルバムは こちらから▼


2011年12月9日金曜日

★移行14 わたしを離さないで

2011年11月7日月曜日
movie-3 『わたしを離さないで』





生命のタブーを真向から取り上げたカズオイシグロの小説『わたしを離さないで』の映画化。生命与奪の映画である。

 女子寄宿舎風の学校(男子生徒もおしなべて女性的なのである)ヘールシャムからのプロローグ。
 臓器提供の目的でつくられたクローン人間を教育する学校ヘールシャム。彼らは、成人になると自分の臓器を提供しなければならない。1回の提供で終了(死)するものもいれば、2回、3回、4回で終了するものもいる。終了するまでの臓器提供が彼らの生きるミッションなのである。
 ヘールシャムの先生は全て女性なのである。女性を中心とした社会構成にして、この厳しい現実を弱めているので受け入れやすい。男が登場すると、厳しい現実が暴力的に感じられ、拒絶反応を起こしかねない。そんなハードな内容なのである。





 しかし、終了するまで臓器を提供しなければならないとは、何回も処刑するようなもので残酷極まりない。
 ルース(キーラナイトリー)の終了の手術で、取り出された臓器が彼女の死と入れ替わるシーンは映画ならではの描写でえらく納得できた。
 お金の為に自分の何かを献体したであろうと思わせるオリジナルが、彼らの親であり、「わたしのオリジナルはゴミための中にあるのよ」とクローン(コピー人間)に云わせるところもスゴイ!
 彼らが人間の尊厳を持って生きることは許されない。コピーのコピーが劣化するように、クローンの繰り返しは劣化するの理論(多分)から、クローンの恋愛、結婚は許可されない。
 『愛の嵐』のシャーロットランプリングが校長役で登場する。最近『彼が2度愛したS』でも、会社オーナー役で、ハッとさせられた。ちょい役でもインパクトのある演技で、さすが、と思わせる。
 キャシー役のケリーマリガンの含蓄のある表情も、大女優の品格が備わって素晴らしい!
 現代的モチーフを小説にするカズオイシグロには脱帽。
 原作を読んでいないけれど、映画でカズオイシグロを楽しませていただきました。







★移行13 試行錯誤の末の梅干し

2011年8月8日月曜日
試行錯誤の末の梅干し




自分で梅干しを漬けはじめて18年になるけど、随分失敗を経験し、やっと自分の梅干し漬けをみつけた。10㎏もの梅を漬ける一番の難点が最初の青梅の塩漬け。

私の梅干しはこの青梅の塩漬けを省略。最初にすこし熟れた青梅を湯通し、天日干しして漬け込む。簡単で大きな龜を必要としない。





大きな鍋にお湯を沸騰させながら、10㎏の青梅を次から次へとうらしていく、これはひと仕事です。スピーディにね!




最初に梅を干しておくと驚くほど簡単に梅干し漬けができるのです。塩分も10%で済むので健康的。





またもや干します。本漬けをした梅を土用干し、これで一年中保存のきく梅干しになっていきます。





土用干しして乾いた梅が日本酒と梅酢をすって程よくふくらむ1ヶ月ぐらいには食べられる。
梅は天日で乾いて縮んだり、梅酢、焼酎、日本酒でふくらんだりを繰り返しおいしい梅干しとなる。






★移行12 山はいつもシャツを着替える

2011年7月13日水曜日
山はいつもシャツを着替える

Tracing-Shirt80 by SHIMA kuniichi

https://twitter.com/#!/enjoy_karuizawa

シャツを浅間山に見立てたメタモルフォゼ絵画
『Tracing-Shirt』シリーズ(Artist:島州一)を週ごとに着替えていきます。

 浅間を描いているうちにそれを取り巻く空間の表現に、何もない空に何か形を与えたくなり、その結果、ブルーのシャツのイメージが生まれ、その形が直接浅間山のイメージになった。

 自分がシャツを着ているところを想像すると、シャツが大きなゆったりとしたスロープをもつ浅間山の山肌で、シャツの各部分の形状が沢や谷であったり、林や畑、道路や街といった様々な表情をもっているところがシャツの表面の各部分に相当できると思った。
 火口から上がる煙は生きる自分がシャツを着て活動している形になぞらえることが出来ると思った。
 浅間の斜面をトレースする代わりに自分のシャツを直接トレースすることが始まった。トレースする時、自分の肩や胸が連山の斜面だと思って小人になったつもりでシャツの部分を忠実にトレースして行く。
山の自然は一瞬たりとも同じでないように、毎日描くシャツも変わる。すると、自分が着て見慣れたシャツも「これが自分のあのシャツか!」と驚くほど新鮮な発見があった。
 紙に写しとられたシャツは水性絵具に替わる。シャツという色のついた布地が彩られた紙に替わる。まるで地図を描くような気持ちでシャツという山の端々までくまなくトレースする。
奥行きを削ぎ取られた画面の上をあちこち視線を走らせるしかなく、紙上の旅人となり広がりの中で、トレースで失われた広がりを新たに獲得する。

島州一「山はいつもシャツを着替える」より抜粋




Tracing-Shirtのアルバムは こちらから➤https://x.gd/Bcdfj


★移行11 自然の掟は厳しい

2011年6月27日月曜日
自然の掟は厳しい



 3年ぐらい前だと思うけど、我が家の軒下のツバメのヒナが、オナガにすっかりさらわれてしまったことがある。尾が長いことからオナガという。ブルーと黒と白のきれいな鳥であるが、とんでもないヒナキラーである。鳴き声は行動に比して「ギエー」と決してきれいとはいえない。


 ところが、自然のサーキュレーションは皮肉なものだ。そんなオナガもカッコウにかかってはとんでもない受難である。ツバメを食べてしまうオナガはカッコウに托卵されてしまう。


 托卵とは、、、。カッコウはヒナを自分で育てない。仮りの親(オナガ)の目を盗んで、オナガの巣に卵を産む。卵からかえったカッコウのヒナは、その巣の権利を持つオナガのヒナを蹴落として、自分だけオナガからえさを独り占めし、成長して巣立っていく。こんな理不尽なこと許される自然って厳しいですね。