2021年2月21日日曜日

Mishima: A Life in Four Chapters


三島由紀夫と楯の会のメンバー


1985年、日本とアメリカ合衆国の合作で作られた三島由紀夫に関する映画である。残念なことに、諸般の事情で日本での公開はない、DVD化もされていない。


監督は『タクシードライバー』の脚本家ポール シュレイダー、製作総指揮にはプランシス フォード コッポラジョージ ルーカスといった錚々たるメンバー。


多くの人がそうであるのかどうか分からないが、私の場合、彼の小説を読む前と後で、三島に対する理解が全く違ってしまった。ロココ調の豪邸やボディビルやら卑猥なマゾヒスティックな写真からくる軽蔑から、読後の芸術家三島由紀夫に対する感動。


さて、米国人は三島をどう理解するのか?また、私は時を経てどのように三島を受け入れられるのか?


たまたま、YouTubeで『Mishima』全編(120分)を観る機会に出くわした。画像は悪いが全て観ることができた。現在は観ることができないようです。 

Mishima



タイトルの通り、4つの章に別れている。


第1章 beauty (美) 『金閣寺』の主人公吃音の 溝口 を坂東八十助

第2章 art (芸術)  『鏡子の家』の美貌の役者 舟木収 に沢田研二

第3章 action (行動) 『奔馬』神風連たらんとした割腹自殺する 飯沼勲 役に永島敏行 

第4章 harmony of pen and sword (文武両道) 市ヶ谷駐屯地でのいわゆる三島事件(1970年11月25日)、三島を緒形拳が演じる。


この4章と三島の生い立ちから割腹自殺までを巧みにシンクロさせ、ナレーションを『ジョーズ』の俳優ロイ シャイダーが担当している。(この部分は英語)



第4章以外は舞台装置風の美術装置で、石岡瑛子が担当しているが、陳腐さが際立って映画として受け入れられなくて困った。映画はあくまで現実の再現であるという私の映画哲学に反した。


監督は、第2章を『禁色』を使いたかったのが遺族側の承諾が得られず、『鏡子の家』になったらしい。確かに美貌のマゾヒスト舟木収では不足だと思う。三島はマゾヒストであり、ナルシストであり、ホモセクシャル、いや彼は子供ももうけているから、今で言うところのバイセクシャルなのだから『禁色』を使えなかったのは残念というほかない。



最近、蜷川実花監督による『人間失格 太宰治と3人の女たち』を観たが、女を巻き込んで入水自殺した太宰治と、男を巻き込んで割腹自殺した三島を同じ線状に見てしまうのは間違いだろうか? その映画の中で、三島由紀夫が登場して太宰治を痛烈に批判していた。太宰治の返答が、「だって君は僕が好きだからここにいるんじゃないか」だった。



今回映画を観ていて、楯の会の制服はかなり美しいと感じた。兵役も免除になった彼が、個人の軍隊だといって楯の会を結成したことに違和感を覚えるが、美しい制服に憧れて楯の会を結成したと考えても彼のダンディズムに由来するとみる事もできる。



それにしても計画的な割腹自殺の衝撃は何の判断をも拒絶している。



色々な不都合を抱えても芸術家は芸術至上主義で生きながらえられる、としか言えない。



三島由紀夫VS東大全共闘






2020年7月5日日曜日

蜘蛛の巣を払う女








スウェーデンの推理小説家スティーグ・ラーソンによる人気小説、シリーズ『ミレニアム』の4部『蜘蛛の巣を払う女』の2018年アメリカ版映画化 。



スティーグ・ラーソン
スティーグ・ラーソン


監督はウルグアイ生まれのフェデ・アルバレス、『死霊のはらわた』『Don’t Breathe』などホラー映画の監督さん。

主役リスベット・サランデルにクレア・フォイ、製作総指揮にデヴィッド フィンチャーも参加している。


『ミレニアム』は
ジャーナリストであったラーソンがパートナー エヴァ・ガブリエルソンと共同執筆した小説である。本国スウェーデンでの人気のみならず世界30か国で翻訳されるベストセラーである。


『ミレニアム』の
オリジナル三部作は
第1部『ドラゴン タトゥーの女』
第2部『火と戯れる女』
第3部『眠れる女と狂卓の騎士』

続編三部作は
第4部『蜘蛛の巣を払う女』
第5部『復讐の炎を吐く女』
第6部『死すべき女』



今回私が観たのは第4部『蜘蛛の巣を払う女』。

第1部『ドラゴン タトゥーの女』は2011年アメリカ版を観た。
デヴィッド フィンチャー監督、リスベットにルーニー マーラーだった。彼女に色気がないのが不満。









第3部『眠れる女と狂卓の騎士』はスウェーデン版、リスベットにスウェーデン女優ノオミ ラパス。現実的すぎて魅力に欠けた。





眠れる女と狂卓の騎士


第4部『蜘蛛の巣を払う女』はアメリカ版、リスベットにクレア・フォイ。
私は、今回観たクレア・フォイのリスベットが一番好き!映画の中のリスベットは孤独で文学の主人公だった。


リスベットにクレア・フォイ




ミカエルにスヴェリル・グドナソン


今回のミカエルは存在感がなかったけれど、スティーグ・ラーソンに一番似ている、笑。


異常者である父、ソ連KGB元工作員による虐待をトラウマに持つ過去を体現していて彼女の異常を納得出来た。この虐待の一つが最後の妹からの虐待なんだろうと想像する。性的異常者のする行為を監督は知っているんだよね。
sisterの要求も異常だよね。二人とも父親のトラウマから抜けられない、この悲劇性が第4部『蜘蛛の巣を払う女』を文学たらしめている。




ラーソンは18才から亡くなる50才までガブリエルソンと生活を共にしている。

『ミレニアム』でリスベットは、性的暴力によるトラウマを抱えて生きていることが小説のメインモチーフになっている。このモチーフはラーソン自らの目撃経験によるところが多いらしい。

彼自身は反人種差別、反極右を掲げていたため、ガブリエルソンを守るため婚姻関係を結ばなかったと伝えられているが、彼の遺言がないため、死後小説の著作権で揉めていることを考えると、彼の意志は曖昧だったとも考えられる。ラーソンが小説の発売も、成功も知ることもなく2004年に亡くなったことも不幸を助長している。


2020年5月13日水曜日

カラメルプディング Caramel pudding



焦したカラメルソースが旨さの秘密!
カラメルプディングはお菓子の王様。





a 牛乳   200CC
   卵    2個
   砂糖   大さじ
   バニラエッセンス

     カラメルソース
b 砂糖   大さじ
   水    大さじ



プディング2個分です。
料理するときは、材料を全て目の前に用意しておきます。

の牛乳、砂糖を鍋に入れて沸騰しない程度に温める


火から下ろして冷ましておく。


次に
ガラスのビーカーに を入れて、電子レンジで分位温める、家は700Wだからこのくらいだけど、様子を見ながらいわゆるカラメルソース色まで温める。少なくても困るけど、焦げすぎてもいけない。ここが一番難しい。

ソースができたら用意しておいたお茶碗に流し入れる。


手際よくね。



c さて次に卵2個をボールに入れてわっておきます。よく混ぜてね。


そこへ先ほどの冷ました牛乳をそーっと入れます。混ぜたら最後にバニラエッセンスを入れて香り付します。

カラメルソースを入れたお茶碗に、こし器を使って を均等に流し入れます。
入れたら上に各々アルミ箔を被せます




さー蒸しますよ。

2個の茶碗が入る鍋を用意して、3㎝ぐらいの高さまで水を入れて火にかけます。
沸騰したら2個の茶碗を入れて最初の1分は強火。そうしたら弱火にして15分蒸します。アルミ箔を使うと表面にすができません、仕上がりが綺麗なのです。

蒸し終わったら冷まして冷蔵庫で冷やします。


さて、食べようか?

好きなお皿を用意して、プディングのお茶碗にスプーンの背を使ってぐるり一回りしたら、一気にお皿にひっくり返す。うまくできるかな?笑



さあ、いただきましょう!




2020年4月27日月曜日

里芋のチン

里芋のチン



 新型コロナウィルス自粛の ”stay home” で自宅にいることが多くなり、皆さん何してる?
 私は三食手作りにチャレンジ。
blog久しぶりのcookingです。

 三食も作っていると食べるために生きているのか、と思う。ウィルスに負けないようにするには免疫力をつけるしかないのです。
 時間もあるし、ウィルス対策cookingです。

 今回のおすすめの調理と言えるのかどうかだけど、とにかくうまい!!のだ。

『里芋のチン』
1. 泥のついた里芋をたわしできれいに洗いましょう。
2. 里芋を鍋に入れて、水から中火にかける。沸騰したら、弱火にして5分ぐらい茹でる。
3. さて、鍋を火からおろし、小さなふとんにくるんで一日置く。
4. さて次の日、鍋をあけるとまだほのかにあたたかい。里芋を出してザルにあげておく。冷めたらジッパーケースに入れて冷蔵庫へ。
5. いざ食べよう。ジッパーケースから出した里芋を縦二つに切る。





2個お皿に並べて電子レンジで1.5分チン!湯気の出た里芋に塩をふって食べよう。ぬるっとした食感、涼しい田舎の味!


湯気の出た里芋


調理しないほうが里芋はうまいのだ!

次回は『手作りプリン』乞うご期待を




2020年3月18日水曜日

エゴン・シーレ とパンデミック


死と乙女
1915


 最近、夜寝る前に聴いた青空朗読にupされている鈴木三重吉作「パナマ運河を開いた話」に甚く感動した。

 パナマ運河とは、太平洋とカリブ海を結んでいる閘門式運河である。水位の異なる運河で船を上下させて通行させるのである。この運河のおかげで、例えば太西洋スペインから太平洋に出るにはマゼラン海峡ー南アメリカの南端フォークアイランド諸島を廻る必要なく、カリブ海からパナマ運河を通って太平洋に出られるのである。1914年開通までの苦労話を鈴木三重吉が解説しているのである。


 最初、フランスがエジプトにあるスエズ運河を建設したレセップス(仏)に依頼して建設に着手した。しかし、この地域のマラリアや黄熱病によって、50,000人の職工の死亡、5億円が全て無駄になった。その後、英国人のロッス軍医及びUSAのリード軍医のおかげでその原因が蚊にあることがわかり、10年の歳月をかけてUSAのゴーガス大佐(軍医)の指揮の元、1914年に開通したのである。


パナマ運河

詳細はこちらから▶  パナマ運河

 開通から4年経って、ゴーガス大佐はロックフェラー医学研究所に所属していた野口英世を呼び寄せ、野口は黄熱病のワクチン開発にあたり、自らも黄熱病で悲惨な死を遂げた。

 又日本人の青山士(あおやま あきら)も建設に従事していた。第二次世界大戦中、日本軍がパナマ運河爆破計画を立て、青山に援助を求めたとき、彼は「私は運河をつくる方法は知っていても、壊す方法は知らない」と言ったというエピソードも残っている。

 日本が誇るべき知識人たちである。


 このマラリアや黄熱病もパンデミックの一つである。
パンデミックとは、ある感染症の世界的な大流行を云う。

 今世界に蔓延している新型コロナウィルス COVID-19 と同じである。パンデミックの大きな流れをみると、

 14Cにはペストがヨーロッパで大流行。ローマ帝国もこの病気で崩壊を早めたと言われている。

 16Cにはコロンブスが天然痘を新大陸に持ち込み、アステカ帝国やインカ帝国を滅亡した。

 19C-20Cにかけてはコレラの大流行。

 1918~1919にはスペイン風邪が大流行、死者1億人とも言われた。第一次世界大戦も軍人がいなくなり、終戦がはやまったとも言われている。

 スペイン風邪で多くの著名人も亡くなっている。画家のエゴンシーレ、グスタフクリムト、日本でも村山槐多が。

100年毎にくる感染症との闘いに人類は試練に立たされている。

 今回、エゴンシーレの伝記映画が Google play にあったので観た。28才で夭折したオーストリアの画家エゴンシーレ(1890-1918)の伝記映画である。

2016年オーストリア/ルクセンブルク 制作の映画、
監督 D・ベルナーはウィーン生まれのベテラン俳優であるらしい。


 エゴンシーレは1918年スペイン風邪で亡くなった。

第一次世界大戦前夜の激動の時代を自らの芸術に忠実に生きた画家の物語。芸術家を語るとき善悪の判断は微妙な調整をしなければならない。

 内容的には、かなり史実に基づいている。
 映画はシーレの父親が梅毒で狂い死にするところからはじまる。
シーレには、ノア サーベトラ(オーストリア)、ゴツゴツしたシーレの描写にしっくりくる顔立ち。



ノア サーベトラ

エゴンシーレ


シーレのミューズ ヴァリ・ノイツェルには、 ヴァレリー パフナー

ヴァレリー パフナー

妹ゲルティ・シーレには、マレジ リークナー。

役者はみんな知らないけど、オーストリアの俳優さんのようだ。




 シーレは妹を平気で独占し、妹もそれを喜んで受け入れている。二人は肉体関係はなかったと思われるが、気持ち的にはある。そんな状況がうまく描かれている。二人の関係は神話の中の肉体関係だ。最後までシーレはゲルティに包まれている。

 16才にウィーン工芸学校に学び、ここでグスタフ クリムトとの親交が始まる。クリムトはシーレを評価していて、彼のパトロンとも言える。1911年にクリムトのアトリエで紹介されたモデルのヴァリ ノイツェルとの同棲生活が始まる。




 母親の故郷であるチェコの田舎町での生活は近隣住民の反感を買うことになり町から追い出される。1912年ウィーンに戻っての生活においても少女をモデルにしたことで未成年の少女誘惑容疑とわいせつ罪で24日間拘留される。この時もグスタフクリムトに助けられる。しかしクリムトを演じた役者はまさにクリムトで、野卑な俗物といったらファンに殺されるかな?監督の選抜に5星を!

 1914年、向かいの隣人エーディトとアデーレ姉妹と知り合い、エーディトと結婚することになる。ヴァリとの関係の存続をものぞむが、ヴァリは従軍看護婦としてクロアチアに去り、1917年伝染病で亡くなる。別れ際に描いたとされる作品が


死と乙女
1915

「死と乙女」である。彼女と共に描かれたシーレのセルフポートレイトの代表作である。


 シーレは、エーディトとの結婚後も彼女の姉のアデーレとの関係もあったらしい。こういう性癖がシーレの芸術を創り出したと言わなければならないことも否めない。


エーディト
Edith Schiele | © Albertina, Wien




 1915年、第一次世界大戦に召集され、プラハ駐屯部隊に配属されたシーレはプラハで捕虜収容所の看守を務めつつ、戦争という経験の中でスケッチや作品の構想を続けることができたというのだから、とんでもないラッキーマンだと言える。オーストリア、ハンガリー帝国軍だから、第二次大戦だったらアウシュヴィッツの強制収容所の可能性もあり、とんでもない任務だったはずだ。従軍中のスケッチにも素晴らしいものがある。

捕虜収容所にて
1915
これは珍しく版画

 1918年対戦終了間近に、妻エーディトがスペイン風邪に罹り死亡。妹ゲルティの看病の甲斐なく、シーレもスペイン風邪で28才の若さで亡くなる。
死後一挙にシーレの評価が高まる。

 恩師クリムトもスペイン風邪で亡くなっている、ヴァリの伝染病もパンデミックである。今我々が直面しているパンデミックの一世紀前のことである。

シーレの作品は、Google Arts & Culture より共有しました。